9.17.2014

みちは続く 白馬〜五竜 3 -2014.7.27~29 最後の夜と始まりの朝




陽が落ちるまで、
小屋のまわりを散策しよう


隣のツェルトは
白馬頂上宿舎からやってきて
休憩をとるたび一緒になった、
物静かな男性のものだった
細身でメガネをかけ
赤いチェックのシャツを着て
50代前半に見える


「おつかれさまでした」
声をかける
そこから会話が弾む
男性は既に定年を迎えていること
若い頃から仲間と山を歩いてきたが
最近は自分の時間を持てるようになり
いま再び、素晴らしかった場所や
好きな場所をひとりで訪れていること
チューハイを片手に
少し酔っているのか
それまで見せなかった柔和な表情だ


「一番好きな山はどこですか?」
ベテランさんと話しこんだとき
わたしが必ず訊ねること


「うーん⋅⋅⋅⋅⋅⋅
やっぱり、後立が好きだね」


男性は明日も先へ進むと言う
わたし達は下山を選んだことを告げる
「またきっと
どこかで会うでしょう」
知らない人と知り合って
そんな風に言ってもらえるときが、
一番嬉しい
いつかまた会えるかな
今どこを歩いているんだろう
山へ通うたび
想う人が増えてしまって、困る


五竜山荘のテーブルの前で、
別の登山者達と交流
長野県内から来た夫婦には
朝、もいだばかりのきゅうりと
自家製味噌と
クジラのベーコンを
美味しいお酒もいただいた
見知らぬ者たちが輪になり
山の話は尽きなかった


薄桃の空と
導くような雲の波が
人々の心を虜にするまで








*******



目覚め
テントの外を覗く
暗い
隣のツェルトは既に無い
五竜岳の頭へ延びる登山道
遠い斜面に揺らめく小さなあかり
「お気をつけて。
またお会いしましょう」
心のなかで語りかけると
とても寂しくなった
もう一度ご挨拶をしておきたかった



明けるころ
我々もピークへ向かう







足を止めては、光を喜んだ
今日も天気は良さそうだ



五竜岳の山頂では
愉快なおじさんと仲良くなった
細かなエピソードを書き出したらキリがない
とにかく豪傑
この方とは現在文通をしている
そして、これからこの方とは
絶対にどこかでお会いする
根拠はないがそう思う
あの物静かな男性に抱いた切なさとは真逆の
何か、強い力で引き寄せられるような安堵感というか
山男もまた、いろいろである



荷物をまとめて遠見尾根をくだる
五竜の頂からも見たけれど、
踏めなかった鹿島槍ヶ岳に
ほんの少し恨めしい視線を送る
実は昨年、Hiさんは別の友人と
唐松から鹿島槍を目指す予定だったが
悪天候に阻まれ成らなかった
だから今年はわたしが
なんとしてでも踏ませてやる
そう強く思っていたのだけれど
初日の天気、それから
山行中ずっと不調な様子のHiさん
仕方あるまい


「また来たらいいよ」
想いと裏腹に軽く言うわたし
「ゆみこは頼もしいな」
思いがけない返答で躊躇う
しかしちょっとだけ、
誇らしい気持ちになった
そういつも
頼ってしまうのはわたしのほうだ
誰といたって
山の中では自己解決しないといけない
解っていても、
どこかで友に頼ってしまう
共に歩くとはどういうことなのか
深く考えてもわからないし
だいたい
山を登る理由すら曖昧で



でも望む気持ちが消えぬ限りは
進んでみようと思う
仲間も同じ気持ちだろう
分岐まで辿り着いたら
自分たちの地図を広げて、
どこへ向かうか考えればいい



確かなこと
目の前にある道は
まだ先へ続くということ





9.11.2014

みちは続く 白馬〜五竜 2 -2014.7.27~29 二日目:五竜岳へ




風は止まず
カタカタ小刻みに鳴る小屋の窓
時折強くビョーッと唸る
闇すら、さらわれてしまいそう
ぬくい床の中だが少し心細い
明日の晴れ予報が味方
心配なのは
珍しく頭が痛いと訴えたHiさん
彼はよく眠れているのだろうか



⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅



夕べ「小屋は楽で良いなあ」と
話していた同室の男性ふたり
彼らもテントを広げずに、
ここで眠ることを選んだようで
カーテンの向こう側
まだ静かな寝息
荷物をまとめ、そっと部屋を出る



「お世話になりました」
つぶやいて宿舎の外へ
雨はない
風もすっかりおとなしく
闇に浮かぶ低い雲
昨年、仲間と歩いた稜線を辿る
同じ道にまた脚をそわせて
今日はもう少し先へ
大して成長はしていないが
たった一年でも
たくさんの眺めや思いを共にしてきた
気心の知れた友はもう
わたし以上にわたしを知っているかもしれない
まだ始まったばかりなのに、
そんなことを考えながら


そうして朝







待ってた







おはよう








おひさまは嬉しい
嬉しいからどんどん歩き、登る








楽しみにしていた不帰嶮







なかなかカッコいい岩具合
一峰、二峰と夢中になって、
気づいたら唐松岳
ここまで幾度となく会話を交わした、
登山者3名のうち
黄色いヘルメットの男性
小柄で足の速い女性とは
山頂で笑顔のお別れ
もう一人、物静かな男性は
我々と同じく五竜山荘まで




引き続き慎重に進む







いつものように
たまに前後を交代しながら進み
たまに思ったことを話して
多くは山に集中する
目的があると、
時間はあっという間に過ぎるもの



五竜山荘で荷をおろし
テントで横になると、
つい眠りこけそうになる
山のうたた寝は、とっておきだな
でも目を瞑ると美しいものは見えないし
ここではゆっくり感じる時間だって、
実際はいつもと同じように過ぎていくのだから
ちょっともったいないなって
そんな些細な心の葛藤ですら
贅沢なことだ









(続く)